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2004.02.13

癒し癒しというけれど

 今日は一日ゆったりしていてもいいので、朝からのんびりしている。
 切りたてのフランスパンに蜂蜜のしずくを落とし、もりあがった蜜がパンの生地になじんでいくさまをきれいだな、とながめていたり、カップ入りのキャンドルが消えたあと、蝋涙がかたまってしまうまで、そっと見ていたり。

 こうやって、ゆっくり愛でる、いとおしむということが、自分の中ではとても大切なことみたいで、でもどうやらそれは、世の中のテンポからははずれているらしい。
 だから、子供のころは特に、生きにくかった。

 いろいろ子供や若者のことが問題にされているけれど、結局、相手をあるがままに認めることができない人間が増えているということだろうと思う。
 それはなぜかといえば、実は、自分をあるがままに認めてもらえなかったからだろうと思う。その親もどこかで満たされなくて、子供の一部なりすべてなりを否定したわけ。
 否定の連鎖。

 だから、そこでならありのままの自分でいていい、そういられる、ということが流行るのかなと思う。
 癒しだの、癒し系だの、癒しを求めているだの、そんな言葉におどらされる前に、せめて自分で自分を認めてあげよう。


   春日のやさしき癒し汝が心   翠風

   春ごたつ花は汝を裏切らず   翠風

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